「行かないでほしい」と泣いた姉さんへ、
私が伝えた"選んだ道で巡り合った縁"

いつも凛として、隙のない人でした。
そんな彼女が、ある夜だけ見せた別の顔。
若いころにバイトをしていた、お店でのお話です。

バイトをしていた場所の、お話。

中心地の繁華街。
ピアノが流れる、落ち着いた雰囲気のお店。
ガラスの棚には、不思議な形のボトルが並ぶ店。

ひょんなことから、そこでバイトをすることになりました。
先輩の影響だったかな?

「わーーーーお!なんじゃこりゃ!」

好奇心旺盛な私だったから、
そうそう時間もかからず、楽しく通い始めました。

それはそれは美しく、上品なお姉さま達がいらっしゃって。
「わーーーーお!なんじゃこりゃ!」と驚くことが、
たくさんありました。

そんなお姉さま方を率いていたのが、
岩下志麻さんのような、
和風の凛とした、とても綺麗な人でした。

(以下、志麻さん)

「隙がないなぁ」
──若造のくせに、生意気にも、そんなことを思ったりしていました。

月日は流れて

そして月日は流れ、
私もそこそこ、お姉さまになってきました。

そのころから、志麻さんとも、
沢山話をするようになっていました。

飲みに行ったりもした。

明るく、話題も豊富で、
その場の雰囲気を丸ごと変えてしまうような人。
話をしていると、見習うことも多かった。

時々車で通っていた私は、
志麻さんを送ることも度々ありました。

珍しく、お酒に酔った夜

そんなある日。
珍しくお酒に酔った志麻さんを、車で送っていった時のこと。

車の中でウトウトしながら、
少し悲しいような声で、何かを言っていました。
運転していた私には、聞こえなかった。

自宅へついても、なかなか車から出られずにいた時。
志麻さんの恋人が、迎えに来ました。

そして、とても優しく、こう声をかけたんです。

「お帰り、頑張ったねお疲れ様」

その時。

いつも凛として、隙が無いと思っていた志麻さんの、
別の顔を見ました。

涙がこぼれていて、
すがるようにうなだれて、
そして抱えられて帰っていきました。

「いつもありがとうございます。
これからも宜しくお願いします。こんなだけど」

私にも丁寧にあいさつをされて、二人は去っていきました。

頭が混乱しました。

そして、その後のバイトでは、
いつもと変わらない志麻さんがいて。

「昨日はありがとう。覚えてないなぁ、ごめん」

って、笑っていました。

志麻さんは二人いるのか?と思うほど、普通でした。

「行かないでほしい」

バイト生活も、そろそろ終わりに近づいた頃。
志麻さんと食事をしていた時のこと。

「やっぱり、もう終わるの?」
「そうですね、そんな時期になりました」
「もう少し、いてくれないかな...」

突然、うつむいてしまった志麻さん。

ごめんなさい、それは難しいです、とは言えなかった。

志麻さんが、涙を流していました。

絞り出すように、涙声で。

「行かないでほしい」

私は何も答えられなかった。
そして、あの日の夜の話をしました。

「私、全然すごくないの」

話し終わった時、志麻さんはもっと泣いていて。

「私、全然すごくないし、
みんなは強いと思っているけど、強くないの。
本当は不安もいっぱい抱えてて、でもやるしかなくて。
自分で選んだことだから。
あの人は肩の荷を下ろして自分についてこいって言ってくれているけど、
それは私が望まなくて。
どうしたらいい?」

お酒も入って、少し感情も大きくなっていました。

「こんな姿、ほかには見せられないもの」

「…それでも、やるしかないですよね」

私が、伝えたこと

全てはわからないけれど、
とても多くのことを抱えていることは、理解しました。

うん。わかった、私で良ければ一緒に頑張ろう。
──そう言うのは、簡単だった。

でも、本当の解決じゃない。

泣いている志麻さんに、ゆっくり話しました。

私はこれからも、同じ時間を過ごすことはできないです。
あなたと同じように、自分で決めた道があるから。
あなたも自分で選択して、歩いてきた道。
そうして選んで、今はお互い同じ時間にいます。

私は、これが最後だとは思いません。

お互いが選んだ道で巡り合った縁です。
どんな形になったって、大切にしたいです。

「その言葉に責任を持ってね」

そうして、ずいぶん時がたって。

「そうだね。ありがとう」
「じゃ、その言葉に責任を持ってね」

と、志麻さんは涙目で笑っていました。

「彼は、とても素敵な人ですね。」
「うん。」

それだけで、つながる思いがありました。

そうして、彼女とは別の道を進みました。

数年後、届いたもの

数年後。
彼女から、なんとも古風に──
ある意味彼女らしく、手紙が届きました。

幸せに暮らしていると。
そしていつかまた、巡り合う日を楽しみにしていると。

達筆だった彼女。
丁寧に、したためてありました。

その後の彼女が、自分で選んだ道を、
しっかりと前を向いて歩んだことも、
痛いほど伝わりました。

ううん、私こそ、ありがとう。

── またきっと、交わる時間が来ると信じています。

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